健康やダイエット目的で気軽に行われるウォーキング。
しかしウォーキングは、どのように歩くのが正解なのでしょうか?
「姿勢を意識して」「あごを引いて」「腿を上げて」「腕を引いて」「かかとを着いて」…。
色々巷では言われていますが、今回は運動学の視点で、それらが本当に正しいのかどうか述べていきます。
ウォーキングの構成要素とは
まずはこちらの動画をご覧ください。
上の動画は、
という衝撃の動画です。
実はそんな単純な構造物でも、ある条件を満たせば歩くことができるのです。
ところで、ヒトの歩行についてはどう考えられているのでしょうか。
歩行は直立姿勢の維持、バランス保持、足踏み運動の3つの基本的機能が有機的に組織化されることで成り立つ。
基礎運動学 中村隆一 齋藤宏 長崎浩 著
この「直立姿勢の維持」「バランス保持」「足踏み運動」の3つに、歩くための条件がありそうです。
それぞれ説明していきます。
直立姿勢保持の維持
「歩くときの姿勢が重要」と言われたとしても、何となく皆さんも理解できると思います。
しかし、どんな姿勢が正解なのでしょうか?
そもそも姿勢ってどうやって作られているのでしょう?
基礎運動学というリハビリテーション界のバイブル的な本には以下のように記されています。
意図的運動に伴う姿勢変化は無意識に起こる。
この種の姿勢制御の特徴は、①自動的である、②物理的力(腕の重みなど)に対する反応である、③平衡の必要に応じて起こる、④自分では自覚しない、⑤立位では絶えず動揺し、つねに調整されている、ことである。
基礎運動学 中村隆一 齋藤宏 長崎浩 著
無意識に姿勢変化が起こるとは、どういうことでしょうか?
とある有名な実験では、
①被験者には、ライトが光ったら手を挙げるよう指示
②手を挙げるときに作用する腕の筋肉と、動かない足の筋肉の活動を記録
③結果、手を挙げる筋肉より前に、足の筋肉が先に活動した
というものがあります。
この実験結果が示していることは、ヒトは動き出す前に、動きの土台となる姿勢を無意識的に作り出しているということです。
それは歩くときも同様で、意識して「歩こう」とする前に、土台となる体幹の筋肉が先行して活動し、姿勢を作っているのです。
つまり、「あごを引いて」「良い姿勢を作って」などと考えながら歩く必要はなく、歩く前にすでに無意識的に姿勢は作られるのです。
バランス保持
二足歩行による移動は、力学的にはバランスが失われ、ふたたび元に戻ることが規則的に反復する現象であり、両下肢が交互にその機能を遂行している。
基礎運動学 中村隆一 齋藤宏 長崎浩 著
下肢とは、股関節から足の指まで、足全体のことを指します。
ここで重要なことは、歩行における「バランス保持」とは、崩れたバランスを修正し続けるという意味でのバランス保持であるということです。
片側下肢を前方に運び出す動員となるのは、身体を前方に傾けて重心を前方へ移動させて、慣性を超えてバランスを崩すことである。
これには視覚系や体性感覚系が関与している。
重心が前方に移ると、身体は前へ倒れようとする。これを防ぐため、片側下肢が前に踏み出される。
つまり、
①まず、両足で身体を支えている状態から、身体が前に傾く
②重心が前方に崩れ、それを感覚のセンサーが感知する
③前に倒れようとする身体を補整すべく、自然と結果的に片方の足が出る
と、バランスをとるために自然と足で出続ける状態が歩行ということができます。
足踏み運動
この無意識に自然と「足が出る」反応は、跳び直り反応と言われています。
「腿を上げよう」と意識的に指令を出す脳の場所とは異なる場所が反射的に統合しています。
また、
①ネコやイヌの足の感覚のセンサーと脳をつなぐ神経の経路の一部を切除
②トレッドミル(動く床)におく
③手足が律動的に動く「足踏み運動」がみられた
というリハビリ界で有名な研究があります。
この研究により、脳より下、背骨を通っている中枢神経である脊髄に、歩行に必要な運動パターンを形成する発生器があるという仮説を産み出されました。
その発生器は、関節を曲げる筋肉と、伸ばす筋肉を交互に活動させ、無意識的に屈伸運動を行わせるのです。
そしてその発生器は、単独で発動する訳ではなく、手足や脳に近い中枢神経の影響し合いながら、発動していると考えられています。
つまり、意識して「腿を上げて」とか「かかとを着いて」と考えなくても、自然と足踏みが起こり、歩くことはできる訳です。
ウォーキングができる前提条件
結局、色々考えなくても無意識に行われているウォーキング。
だからといって、何も必要がないという訳ではありません。
ここからは、ウォーキングを行う上で必要と考えられる条件を挙げていきます。
運動の軸を作る筋力がある
踏み出される下肢の力は、身体を前方に出そうとする推進力と地面を押しつけようとする力(これは地面からの反作用として、身体を垂直に保つ力となる)との2つに分けられる。
基礎運動学 中村隆一 齋藤宏 長崎浩 著
引用にあるように、何千~何万歩と歩くためには、その回数分、片足で身体を支えられる筋力が必要になります。
ウォーキングに必要な筋力が備わっているかどうかの判断基準として、「30cmの高さの椅子から片足で立ち上がれるか」というものがあります。
以下の記事で詳細は述べています。
床反力を逃がす柔軟性がある
筋力があれば良いのかというと、それだけではありません。
歩くたびに身体に地面から跳ね返ってくる体重×加速した分の衝撃。
1日何千~万歩歩き、その回数分の衝撃をまともに受け止めていると身体は壊れてしまいます。
そこで重要になってきるのが、柔軟性です。
柔軟性があればその衝撃を逃がすことができます。
片側下肢が地面から離れて前進しているときのバランスは、支持脚と骨盤の傾斜によって、巧みに維持されている。
基礎運動学 中村隆一 齋藤宏 長崎浩 著
また、引用にあるように柔軟性があることで、支える足とその上部の骨盤~背骨が上手く「しなり」、バランスをとりながら、歩き続けることができます。
特に重要な部位が背骨になってきます。
4足歩行のサルはC字カーブですが、人間は2足歩行を獲得していった過程で、背骨はS字カーブになりました。
S字カーブを作ることでそれ自体がバネになり、前述の歩行時の「身体を前方に出そうとする推進力と地面を押しつけようとする力」を活かす構造に進化していったのです。
また、全部で24個ある背骨には、それぞれに関節があります。
それぞれ場所によって動く幅は異なりますが、前後左右に曲がる・回転するという関節の遊びがあります。
そうした遊びも、衝撃を逃がす役割を果たしています。
背骨のまわりには筋肉がついており、それらの筋肉が働くことで姿勢を作ったり、衝撃を逃がす動きをしたりします。
しかし、背骨まわりの筋肉は、疲労やストレスによって固くなりやすい場所でもあります。
そうした固まった筋肉をほぐすなどして、メンテナンスすることも重要です。
そして、衝撃吸収性や汎発性が高い靴を履くのも、背骨の柔軟性を高めるのと同様に効果的です。
おわりに
結局、歩くということは、
①歩く分の身体を支える筋力がある
②歩く分の衝撃を逃がす柔軟性がある
という条件があれば、あとは重心を前に移してしまえば、「腿を上げる」とか「腕を引いて」など特に何も意識しなくても、自然と足が出続け、歩くことができるということです。
ちなみに始めに登場したロボットは、前に傾いた動く床によって重心が前に移されています。
そして、①は金属の硬さで担保されていますが、②の柔軟性が欠けています。
その結果、何らかの機能的な問題が生じ、転倒に至っていると考えられます。
健康のためにウォーキングをしようと思っている方は、最低限の筋力と柔軟性が備わっているか一度確認してみましょう。
柔軟性は日々の生活上の心身のストレスによって変動しますが、メンテナンスによって改善も可能です。
そして、背骨の柔軟性が高まると、筋力も高まることが多くあります。
ぜひ、これを機会に背骨のメンテナンスをしつつ、健康やダイエットなどの目的のために気持ちよくウォーキングを続けてみましょう。
今回の記事が読者の豊かなlifeの一助になれば幸いです。
では。
①足首・膝・股関節を想定した構造のロボットをトレッドミル(動く床)に置いた
②すると人間のように歩き出した
④結局約33分、4000歩ほど歩いたところで転倒した