「走り込み」「投げ込み」「打ち込み」。
いまだに野球界ではその必要性が議論されています。
その議論に終止符を打つには、野球に求められる各体力要素を理解すること。
そして、そのうちの一つ「持久力」にも「無酸素性持久力」と「有酸素性持久力」があること。
その視点で普段のトレーニングを解析すると、より効果的なトレーニングとパフォーマンスアップにつながるはずです。
今回は、
と、レジェンド級にトレーナーとしてご活躍中の中垣征一郎氏の唯一の著書「野球における体力トレーニングの基礎理論」から、無酸素性持久力と有酸素性持久力のトレーニングについて言及されている部分をご紹介します。
無酸素性持久力のトレーニング法
無酸素性持久力とは
無酸素性持久力は、酸素摂取に頼らない、乳酸系(LA系)のエネルギー代謝によって運動を持続する能力である。
全身的な無酸素性持久力と局所的な無酸素性持久力がある。
無酸素性持久力の評価法
無酸素性持久力の優劣は、主に酸素負債能力で評価する。
酸素不足中のエネルギー代謝において体内で生成されるのが乳酸であり、乳酸をどこまで許容しながら運動を持続できるかが酸素負債能力を裏付ける一つの指標となる。
実験室においては、実験用のバイクを用いて体重の7.5%の負荷で30秒間の全力ペダリングにより測定するウィンゲートテストが代表的である。
フィールドテストにおいては、1分間走などが代表的である。
野球選手の場合には、高い水準の無酸素性持久力がパフォーマンスの中で要求されることはないが、一定の水準に達していることは大切である。
定期的に行われるインターバルトレーニング(例:100m×8本;90秒rest、200m×5本;150秒restなど)や、準備期(鍛錬期)に全力で行うシャトルラン(例:50/40/30/20/10m、50/30/10m)など走能力を通して評価することができる。
無酸素性持久力に影響する要因
無酸素性持久力に影響する主な要因には、乳酸産出にともなって生ずるH+(水素イオン)の除去能力(緩衝能)や乳酸耐性能力などがあげられている。
無酸素性持久力のトレーニング法
全身運動や局所運動で運動中の酸素不足をできるだけ大きくするためには、30秒から120秒程度の時間で疲労困憊に至るような強度の運動が有効である。
このような運動では、運動中の酸素不足(酸素負債)や血中乳酸が大きくなる。
走運動で行うトレーニング手段の例として、以下のようなものがあげられる。
例1:300m(rest180秒)×3〜4
例2:200m(rest120秒)×4〜6
例3:100m(rest90秒)×6〜8
例4:300m(rest150秒)200m(rest120秒)100m(rest90秒)200m(rest120秒)300m
また、局所的に繰り返し高い負荷がかかる投手の肩肘周辺の機能向上のために、肩のインナーマッスルや肘周辺のトレーニングを行う際には、筋の無酸素性持久力を養成することも目的の一部であることを意識して、休息時間や反復回数などの運動負荷を設定すべきである。
肩のインナーマッスルなどのトレーニングは、15〜20回程度反復可能な低強度の負荷で、比較的短い休息時間(60秒程度)で行うことが有効であろう。
無酸素性持久力トレーニングにおける留意事項
どのような運動を用いるかに留意する
ランニングに限らず、ステップ運動や跳躍運動など、様々な動きを採用することもトレーニングが単調にならないためには有効である。
1日のトレーニングのなかでの無酸素性持久力トレーニングの取り入れ方に留意する
終了後の疲労度が高いトレーニングは、1日のトレーニングにおいては技術・戦術トレーニングなどが行われた後に行うことが望ましい。
試合期の無酸素性持久力トレーニングの取り入れ方に留意する
毎日試合に出る野手や、いつ登板するか分からないリリーフ投手などは、どの程度の負荷(強度と量)でトレーニングを行うかを十分に考慮する必要がある。
試合への疲労による影響を最小限に抑えつつ、シーズン中も無酸素性持久力を維持できるよう、過不足ない強度と量を設定するよう留意すべきであろう。
発育発達期における無酸素性持久力トレーニングの取り入れ方に留意する
発育発達期における過度の全身的なトレーニングは避けるべきである。
このトレーニングは精神的にも大きなストレスがかかる場合が多く、燃え尽き症候群(バーンアウト)を引き起こす原因ともなりうる。
将来の厳しいトレーニングの準備として、どの程度のトレーニングが適切かということに留意して計画することが重要であろう。
野球の「走り込み」「投げ込み」「打ち込み」
古くから野球における体力トレーニングは「走り込み」を中心に行われてきた。
走ることは野球選手として非常に重要であるが、野球においては、試合中に全身が酸素不足により疲労困憊状態に陥るということはない。
走ることを体力トレーニングの中心におくことによって、トレーニング全体が無酸素性持久力や有酸素性持久力の養成に大きく偏ることは、投手、野手に関わらず避けなければならない。
投手においては、「投げ込み」によって肩肘の関節機能の向上や下半身の筋力の向上を図る、ということも多く見られる。
投げ込みによって投手としての専門的体力を高めることは非常に重要であるが、これらのことは傷害予防の観点からもトレーニング全体の取り組みの中で計画的に行われるべきであろう。
このことは「打ち込み」においても同様である。
無酸素性持久力は、一般的には全身的なものを示すことが多いが、野球選手の場合には、投手の肩肘に代表されるように、繰り返しの投球することにより大きな運動負荷が局所にかかるため、局所的なものについても考慮することが大切である。
繰り返しのスプリントが求められる野手
一方、野手においては走塁や守備において、続けて何度も繰り返してスプリントを行うことは稀ではない。
このような状況に対する準備として、全身および局所の無酸素性持久力を適切な水準まで高めておくことが大切である。
反復練習による技術獲得のためには持久力も必要
なお、高い水準の技術を獲得するためには、多くの反復が要求される。
野球選手にとって、トレーニング量を確保し、高強度の運動や技術的トレーニング(技術練習)をより多く反復するためには、有酸素性持久力とともに無酸素性持久力を適切に高めておくことは意味があろう。
有酸素性持久力のトレーニング法
有酸素性持久力とは
有酸素性持久力は、酸素摂取によってエネルギー(0₂系)を供給しながら運動を持続する能力である。
走る、泳ぐなどをはじめとした全身運動において、5分から15分程度の比較的短い時間での持久的な運動では最大酸素摂取能力が求められ、それよりも長時間の運動になると酸素摂取の持続能力が求められる。
有酸素性持久力の評価法
有酸素持久力の優劣は、主に酸素摂取能力で評価されている。
実験室においては、約5分から10分で疲労困憊するような全身運動を用いて、1分間あたりの最大酸素摂取能力(VO₂max)を測定することによって評価している。
また、運動中に乳酸や換気量などが急増し始める時点などから無酸素性作業閾値(Anaerobic Threshold:AT)を計測することによって、酸素摂取の持続能力を評価している。
フィールドテストにおいては、20mビープテスト(20mシャトルランテスト)、Yo-Yoテスト、1500m持久走、5分間走、12分間走などが代表的である。
野球選手の場合には、インターバル走(例:200m×12本;60秒rest、300m×8本;90秒rest)の走能力などで評価することもできる。
また、シーズン中には定期的に比較的長い時間のジョギングやエアロバイクなど(20〜50分)の運動を行うことにより、有酸素性持久力を維持・向上するための取り組みを継続しているかを評価することも大切であろう。
有酸素性持久力に影響する要因
有酸素性持久力に影響する主な要因として、換気量、心拍出量、肺や筋の拡散容量を含む呼吸循環機能があげられている。
有酸素性持久力のトレーニング方法
最大酸素摂取能力を高めるためには、5〜10分間程度の継続的な負荷で疲労困憊するような運動を行うことが有効である。
このような運動では心拍数が180拍/分以上にもなる。
一方、酸素摂取の持続能力を高めるためには、心拍数が120〜160拍/分程度の負荷で、30分以上継続して運動を行うことが有効である。
野球選手の場合には、高水準での有酸素性持久力は試合中のパフォーマンスにおいて特に要求されないであろう。
無酸素性持久力のトレーニングとの中間的なトレーニングを行うことや、日々のウォームアップやクールダウンにおけるジョギングの量を調整することなども有効である。
トレーニング手段として、以下のようなものがあげられる。
例1:30分持久走またはジョグ
例2:バイク30分(心拍数140回/分)
例3:スピードプレー(100m快調走+90秒ジョグの繰り返し)20分
有酸素性持久力トレーニングにおける留意事項
どのような運動負荷を用いるかに留意する
オフシーズンやケガのリハビリ時には、ランニングやバイクを中心に、水泳などを用いることもトレーニングが単調にならないために有効である。
1日のトレーニングの中での有酸素性持久力トレーニングの取り入れ方に留意する
野球においては、強度が高い有酸素性持久力トレーニングは、技術・戦術トレーニング、パワートレーニングなどが終了した後に行うことが望ましい。
強度の低い有酸素性トレーニングは、日々のウォームアップやクールダウンの中で習慣的に行うことが有効であろう。
インターバル走において有酸素性持久力と無酸素性持久力の組み合わせ
インターバル走において有酸素性持久力と無酸素性持久力の中間的なトレーニングとして、運動強度をやや高く(タイムをやや速く)設定し休息時間を長くし、反復回数を少なくすることでトレーニングの効率化を図ることができる。
例:有酸素性持久力トレーニング:200m(35″以内)×12(60″rest)
↓
無酸素性持久力・有酸素性持久力トレーニング:200m(32″以内)×6(90″rest)
発育発達期における有酸素性持久力トレーニングの取り入れ方に留意する
発育発達期に有酸素性持久力トレーニングを適切に行うことは、呼吸循環機能を発達させる上で大切である。
発育発達に即して適切に運動強度を高くし、量を増やしていくように留意すべきであろう。
野球における有酸素性持久力の意味
野球において、試合中に酸素摂取能力を個人の最高水準まで求められることはない。
しかし、投手の1球ごと、イニングごとの回復能力や、野手の走塁、守備での運動間の回復能力を高めるために、酸素摂取能力を適切な水準まで高めておくことは大切である。
トレーニング量の確保のために必要な有酸素性持久力
また、無酸素性持久力と同様に、有酸素性持久力はトレーニングの量を確保していくためにも重要な体力の要素の一つである。
試合やトレーニングでの疲労の回復能力は有酸素性持久力によるところが大きい。
トレーニング全体に対する余力を増やすためにも、トレーニング全体の量と強度の許容量を上げるためにも酸素摂取能力は重要である。
野球のトレーニング全体における持久力の意味合いを理解した上で計画的に
戦術、技術、体力トレーニング全体を構成する際、野球選手にとって有酸素性持久力と無酸素性持久力はどのような意味を持つかを整理することが大切である。
また、野球において特に重要な筋力、パワー、調整力の養成を促すためには、どのような水準で有酸素性持久力と無酸素性持久力を獲得し、トレーニング全体の中でどの程度の割合を持つかについて十分に考慮することが大切である。
日本の野球においては、走運動によるトレーニングは非常に大きな比重を占めてきた。
スプリントやインターバル走、長距離走によって養成される無酸素性パワー、無酸素性持久力、有酸素性持久力はそれぞれ野球においても大きな意味があるが、それぞれの意味を十分に理解した上でトレーニング計画に組み込まれなければならないと考える。
おわりに
最後にまとめます。
・無酸素性持久力:酸素摂取に頼らない、乳酸系(LA系)のエネルギー代謝によって運動を持続する能力
・全身性と局所性の無酸素性持久力がある
・全身や局所で運動中の酸素不足をできるだけ大きくするためには、30秒から120秒程度で疲労困憊に至るような強度の運動が有効
・肩のインナーマッスルなどのトレーニングは、15〜20回程度反復可能な低強度の負荷で、比較的短い休息時間(60秒程度)で行うことが有効
・終了後の疲労度が高いトレーニングは、1日のトレーニングにおいては技術・戦術トレーニングなどが行われた後に行うこと
※野球においては、試合中に全身が酸素不足により疲労困憊状態に陥るということはない
→走ることを中心し、トレーニングが無酸素性持久力や有酸素性持久力の養成に大きく偏ることは、投手、野手に関わらず避けるべき
・傷害予防の観点から、投げ込み、走り込みはトレーニング全体の取り組みの中で計画的に行われるべき
・野手は走塁や守備において、続けて何度もスプリントを行うことは稀ではない
→全身および局所の無酸素性持久力を適切な水準まで高めておくことが大切
・高い水準の技術の獲得には、多くの反復が要求される
→高強度の運動や技術的トレーニング(技術練習)をより多く反復するトレーニング量の確保には、有酸素性&無酸素性持久力を適切に高めておくことは意味(+)
・発育発達期には過度なトレーニングによる燃え尽き症候群(バーンアウト)に注意
・有酸素性持久力:酸素摂取によってエネルギー(0₂系)を供給しながら運動を持続する能力
・全身運動において、5〜15分程度の短時間の持久的な運動では最大酸素摂取能力が求められる
・それよりも長時間の運動になると酸素摂取の持続能力が求められる
・有酸素性持久力に影響する主要因:換気量、心拍出量、肺や筋の拡散容量を含む呼吸循環機能
・最大酸素摂取能力を高める
→5〜10分間程度の継続的な負荷で疲労困憊する運動(心拍数180拍/分以上)を行う
・酸素摂取の持続能力を高める
→心拍数が120〜160拍/分程度の負荷で、30分以上継続して運動を行う
※試合において野球選手は、高水準の有酸素性持久力は特に要求されない
・投手の1球ごと、イニングごとの回復能力や、野手の走塁、守備での運動間の回復能力を高めるために、酸素摂取能力を適切な水準まで高めておくことは大切
・有酸素性持久力はトレーニング量を確保するため重要な体力の要素の一つ(無酸素性持久力と同様)
・試合やトレーニングでの疲労の回復能力は有酸素性持久力によるところが大きい
→トレーニング全体に対する余力を増やすためにも、トレーニング全体の量と強度の許容量を上げるためにも酸素摂取能力は重要
・発育発達期に有酸素性持久力トレーニングを適切に行うことは、呼吸循環機能を発達させる上で大切
→発育発達に即して適切に運動強度を高くし、量を増やしていくように留意
いかがでしたか?
「走り込み」は必要という派と、必要ない派の論争は令和の現代でも続いています。
今回の内容を振り返ると、一定のパフォーマンスレベルに到達するためには、一定の練習量を確保が必要で、そこには一定の無酸素性持久力や有酸素性持久力は必要と言えそうです。
ただ、闇雲に「走り込み」をするのではなく、
・そこで高められるものは何なのか?
(無酸素性パワー or 無酸素性持久力 or 有酸素性持久力)
・自身の目標やポジションに必要な体力要素は?
・走るトレーニングを行うタイミングや割合は適切か?
といった視点で普段のトレーニングに取り組むと、より確実なパフォーマンスアップにつながるはずです。
中学時代は、グラウンド50周や100本ダッシュなど徹底的な走り込みメニューを冬練でさせられていた昭和根性野球の畑で育った筆者。
春になり、いざ全力で走ろうとしてもダッシュできない感覚があった…
今思えば、本数を逆算してスピードを抑えて数をこなしても、無酸素性パワーであるスプリント能力は身につく訳はなく…。
生理学的にも、結果的に強化される運動時のエネルギー代謝も全然違いますよね。
り深く野球と無酸素性持久力と有酸素性持久力について知りたい方はこちらをどうぞ。
では。
・プロ野球日本ハムのトレーナー(2004年〜2010年、2013年〜2017年)
・ダルビッシュ有選手の専属トレーナー(2012年)
・MLBのパドレスのトレーナー(2017年〜2018年)
・現オリックス・バファローズ巡回ヘッドコーチ(2019年〜)