スポーツには怪我が付き物です。
そのアクシデントに適切に対応できるか否かは、一定の知識の有無が問われます。
不適切な対応をすると、パフォーマンスを下げるだけでなく競技復帰を難しくする恐れがあります。
今回はスポーツ医学検定公式テキスト1級をもとに、頭を打ったときの考えられる頭部外傷をまとめました。
スポーツ中に頭を打った時、考えられる怪我〜脳震盪(のうしんとう)〜
「頭部打撲直後から出現する神経機能障害であり、かつそれが一過性で完全に受傷前の状態に回復するもの」と定義されている。
脳に明らかな出血を認めないが、一時的に脳の活動に障害が出るものを指す。
問題点として、軽傷と捉えられ、受傷後に再発しやすく、その結果重症化することが挙げられる。
近年、脳震盪を繰り返したアスリートが歳をとってから異常行動、精神異常、認知障害を呈する慢性外傷性脳症が注目されている。
脳震盪の受傷機転
ボクシング、アメフト、柔道、ラグビー、サッカー、バスケットなどのコンタクトスポーツに多いが、野球、スノーボードなど幅広く起きる。
頭の回旋外力による受傷が原因で、選手同士や設備との衝突、転倒、パンチによる頭の揺さぶりが原因となる。
症状
意識、精神活動(記憶力・見当識・反応時間・易刺激性)、平衡感覚、自覚症状(頭痛・めまい・睡眠障害)など。
意識消失がなくても脳震盪のことがあることに注意が必要。
どれか一つの症状がある場合は脳震盪を念頭に置く。
一般的に1週間程度で症状は改善することが多い。
しかし、小児・若年者・女性では症状が長引きやすい傾向がある。
成人で10~14日、小児で4週間以上症状が続くものを脳震盪後症候群という。
脳震盪の検査・診断
競技現場
競技現場ではSCAT5 に代表される標準化されたツールが有用。
5~12歳の児童を対象にしたchild SCAT、非専門家によるpocket SCATでのスクリーニングも有用。
内容は以下。
シーズン前に評価しておくことで、受傷時の脳機能との比較、回復過程の評価に使用できる。
医療機関
CT検査にて出血の有無を確認するが、脳震盪では異常所見を認めない。
もし脳震盪症状が強い場合や長時間持続する場合、頭部CTでは明瞭に描出されない頭蓋内出血が隠れている場合がある。
そのためMRI検査(特に冠状断)を行う。
脳震盪の治療
脳震盪は繰り返しやすく、また繰り返すことで重症化・長期化する。
脳震盪から安全な競技復帰には「脳震盪を起こした場合、プレーを継続させない」ことの徹底が重要。
脳震盪が疑われた場合、まずプレーを中断させ、専門家の評価を受けることが勧められる。
器質的脳損傷が隠れている可能性を考慮し、24時間は誰かそばにつくか、家族に注意を促しておく。
自覚症状(頭痛・めまい・睡眠障害)がある間は安静が基本。
症状の経過を評価するため薬の内服などの対症療法は勧められない。
脳震盪の復帰の流れ
脳震盪の数週間は2度目の脳震盪を起こしやすく、競技ごとに定められた段階的競技復帰プロトコールに従い、時間をかけて競技に復帰する。
各段階は最低24時間の間隔をおき、問題がなければ次の段階へ進む。
ステップ6 | 競技復帰 |
ステップ5 | 接触プレーを含む訓練 |
ステップ4 | 接触プレーのない運動・訓練 |
ステップ3 | スポーツに関連した運動 (ランニングなど頭部の衝撃や回転がないもの) |
ステップ2 | 軽い有酸素運動 (ウォーキング、自転車エルゴメーターなど) |
ステップ1 | 活動なし |
脳震盪直後 |
慢性外傷性脳症(CTH)
慢性外傷性脳症(CTH:chronic traumatic encephalopathy)はボクシングやアメフトの引退後に認知機能や運動障害が出現することで近年注目されている。
現在は様々な原因で誰でも起こりうる病態と認識され、アルツハイマー型認知症と同様に脳内にリン酸タウ蛋白が蓄積することで引き起こされることが知られている。
症状は、
・行動異常および精神症状(攻撃性やうつなど)
・認知障害(注意障害や記憶障害など)
・運動異常(歩行障害やパーキンソン症状など)
である。
現時点では脳震盪やコンタクトプレーでの直接的な因果関係は不明であり、診断基準や予防法は確立されていない。
CTEは最初の報告は1928年、ボクサーにおけるpunch drunk syndrome(いわゆるパンチドランカー)である。
スポーツ中に頭を打った時、考えられる怪我〜急性硬膜下血腫〜
スポーツ外傷の中で死亡や重篤な後遺症を残す頻度が最も高い外傷である。
頭部の回旋力により、脳と硬膜をつなぐ架橋静脈が損傷し、生じた血腫が脳を圧迫する。
脳挫傷の有無にもよるが、数分~10分程度で意識障害が進行し、短時間で脳損傷を生じる。
意識障害を認める場合、緊急開頭術を要する。
早期に治療を開始できるかどうかが予後を左右する。
軽傷であっても一度受傷した場合、コンタクトスポーツへの復帰は勧められない。
急性硬膜下血腫の受傷機転
スポーツ外傷では主に回旋外力が原因となる。
柔道の大外刈りを受けた時や、スノーボードでの転倒などで頭部を打撲して受傷することが多い。
頭部の筋力が不十分な場合、転倒時に頭部を支点にした回旋が起こりやすく、受け身が十分に取れない不意な転倒などが受傷につながりやすい。
脱水による脳静脈の引き伸ばしが一因となるとの報告もある。
急性硬膜下血腫の予防
予防には、
・頸部の筋力トレーニング
・受け身動作の練習
・集中力が低下しないよう休憩を入れる
ことなどが重要である。
マウスガードの着用が頸部の筋緊張の保持になることの報告もある。
急性硬膜下血腫の症状・検査・診断
スポーツ外傷では急性硬膜下血腫に脳損傷を合併しないケースが多い。
しかし脳損傷を合併する場合、受傷直後より意識障害や片麻痺などの脳機能障害を生じることが多い。
一方、脳損傷を合併しない場合、受傷直後の意識障害が軽度で、血腫増大とともに頭痛や嘔気、意識障害や瞳孔不同を生じることが多い。
また、少量の出血で自然止血された場合、軽度の頭痛や嘔気だけが症状のこともある。
CT検査では三日月状の血腫を認める。
持続する頭痛のケースで、CT検査では検出されんあいないわずかな血腫を生じていることもあり、その場合はMRI検査(特に冠状断)が診断に有用である。
頭蓋内出血は必ずしも外表の損傷を伴わなう訳ではないため、外観のみで容易に判断できない。
急性硬膜下血腫の治療
急性硬膜下血腫や脳損傷が疑われた場合、脳神経外科医による緊急手術が可能な病院への速やかな搬送が重要である。
脳を圧迫して意識障害を生じている血腫は、緊急開頭術により除去する必要がある。
血腫の量が少ない場合でも、遅発性の血腫増大や脳の腫脹により手術を要することがあるため、血圧や頭蓋内圧を含めた全身管理が必要。
血腫が脳を圧迫することで生じる脳のダメージは、時間が経つほど不可逆的になるため、可及的早期から治療を開始することが重要。
死亡や後遺症を残す頻度は高いが、軽症例や早期治療例では良好な予後も期待できる。
急性硬膜下血腫の復帰の流れ
競技スポーツへの復帰に関しては、一度損傷した脳や頭蓋内血管は脆弱になる可能性が指摘されており、一般的には認められない。
ごく軽度の急性硬膜下血腫がある状態で早期に競技スポーツに復帰し、頭部外傷を繰り返したのち、高度の脳損傷から致命的に至った報告例もある。
スポーツ中に頭を打った時、考えられる怪我〜急性硬膜外血腫〜
急性硬膜外血腫は、頭蓋骨と硬膜との間に出血を生じる病態で、頭蓋骨骨折を伴うような直達損傷が原因となる。
脳実質の損傷を伴わない場合には受傷時に意識清明であることが多い。
しかし、硬膜上の中硬膜動脈が出血源であることが多く血腫の増大に伴い急速に意識障害が進行する。
症状として、
・意識障害
・瞳孔不同
・片麻痺
を生じる。
CT検査にて凸レンズ型の血腫を認める。
症候性の場合には全身麻酔下での緊急開頭術を要するが、無症候で血腫量が少ない場合には保存療法が行われる。
脳実質損傷の程度によるが、緊急硬膜下血腫に比べ予後は良好。
まれに静脈洞損傷による遅発性出血を生じることがあり、小児の頭部打撲後に発生する遅発性頭痛の原因となりうる。
スポーツ中に頭を打った時、考えられる怪我〜慢性硬膜下血腫〜
慢性硬膜下血腫は、高齢者が軽度の頭部外傷を受傷したあと、1~2か月経過してから発症。
頭蓋内に緩徐に貯留した血腫により頭痛や片麻痺、意識障害などを生じる。
CT検査で診断され、無症候の場合、止血剤や利水剤での内服加療が行われる。
症候性の場合、局所麻酔下での穿頭手術で軽快するが、5~10%で再発する。
若年者ではくも膜嚢胞や凝固異常の既往、外傷後の低髄圧症候群などで発症するリスクがあり注意を要する。
スポーツ特有の外傷ではないが、高齢者のスポーツ参加も広まっており、抗血栓療法や糖尿病患者の増加・高齢化社会などの社会的背景から今後の増加が危惧される。
おわりに
最後にまとめます。
・直達外力→打撲直下の骨折、急性硬膜外血腫、脳挫傷
・回旋外力→打撲部と反対側の急性硬膜下血腫、脳挫傷や外傷性脳出血、びまん性軸索損傷
・持続する意識障害
・意識状態の継時的悪化
・呼吸障害
・瞳孔不同
・手足の麻痺
・言語障害
・けいれん
・繰り返す嘔吐
①意識消失があった
②受傷前後の記憶がはっきりしない
③これまでにない頭痛あるいは持続する頭痛
④めまい・ふらつき・複視
⑤麻痺(手足に力が入りにくい)やしびれ
⑥興奮や混乱
⑦何度も繰り返している脳震盪
のいずれかに当てはまる
①受傷時に意識障害があったがその後完全に回復
②受傷直後から意識障害があり、回復しない
③受傷直後の意識障害がいったん回復したが再び悪化
④受傷直後に意識障害はなかったが、その後意識障害が出現し悪化
↓
パターン①は脳震盪
パターン②③④は救急要請
(パターン②→重篤な脳損傷、パターン③④→頭蓋内出血が進行)
頭部外傷は死亡や後遺症を来す可能性のあるスポーツ外傷です。
現場での正確かつ迅速な判断が、防げたはずの死亡や後遺症を減らすことにつながります。
また、脳震盪の判断と競技復帰には現場の理解も大切です。
体調がすぐれない選手は試合や練習には参加しない・させないといった安全意識の徹底が重要となります。
以上、
スポーツ医学検定 公式テキスト 1級 [ 一般社団法人日本スポーツ医学検定機構 ]の「スポーツ外傷・障害の知識 ~4 頭部~」からの引用でした。
なおスポーツ医学検定についての詳細は公式サイトをご覧ください。
では。
・GCSで意識障害
・Maddocks scoreで見当識
・その他、自覚症状や認知機能、平衡機能